2012年8月31日金曜日

最強の猛毒は?(4)ボツリヌストキシン

そして真打ち登場。
生物由来の化合物として最強の毒素はボツリヌストキシン。

ボツリヌストキシン (Botulinum toxin) は分子量が15万ほどのタンパク質で、ボツリヌス菌が産生する毒素である。



ボツリヌス菌食中毒の原因となり極めて毒性が強い。
LD50は0.01μg/kg

ボツリヌス菌は嫌気性菌であり、通常は土の中に棲んでいる。
まれにソーセージ、寿司などに紛れ込んで食中毒を起こすことがある。


ボツリヌス菌

しかし、ボツリヌストキシンはタンパク質でできているために、加熱すれば変性して毒性がなくなるため、十分加熱すれば安全である。

ボツリヌストキシンは神経筋接合部などでアセチルコリンの放出を妨げる働きをするが、中毒症状としては、消化器症状(下痢・悪心・嘔吐など)に続き、頭痛や視力低下・複視などを起こし、その後自律神経障害、四肢麻痺に至る。



このボツリヌストキシンはプチ整形に利用されている
ボトックスという商標で販売されていて美容整形外科で使用されている。


ボトックス

皺を目立たなくしたり、小顔にしたりする目的で使われている。

顔の筋肉を麻痺させ、その結果、筋肉が衰えて縮小する。

(Fateより、セイバー小顔化計画)


しかし、副作用での被害として、顔面麻痺、頭痛、めまいが報告されている。


一方で、テロや戦争の化学兵器として使用されることが懸念されている。

実際に、湾岸戦争時のイラクが保有していたし、オウム真理教も研究していた。
しかし、噴霧で散布してもすぐに失活してしまうため、実際にテロや戦争で威力を発揮したことはない。よかった、よかった。

(未来日記よりレイ君、毒ガスごっこ)

2012年8月30日木曜日

最強の猛毒は?(3)マイトマイシン

マイトトキシンは海産毒素の一種。
昨日のバトラコトキシンよりも猛毒で、テトロドトキシンの約200倍の強さ。

マイトマイシン>バトラコトキシン>テトロドトキシン、という関係。

海産毒素として最も毒性が強いと考えられている。
マウスに対する急性毒性は腹腔内投与の場合、0.05μg/kg(LD50、致死率50%となる量)。
50 kgの人の場合、わずか0.25μg。

マイトトキシンは熱帯の海に棲むサザナミハギに含まれているが、またしても餌(有毒渦鞭毛藻)から持ち込まれる
化合物名はサザナミハギの捕獲されたタヒチの現地名「マイト」に由来する。


サザナミハギ


細胞膜に位置するカルシウムチャネルの透過を促進し、細胞内のカルシウムの濃度を引き上げることで筋肉の異常収縮を起こす。

タンパク質やペプチドなどの高分子を除き、構造式が判明している最大の天然有機化合物(組成式 C164H256O68S2Na2、分子量 3422)。
これも日本人が構造を決定した。日本の化学屋さんがんばってます。

あまりに巨大なため、現在、全合成を目指してレースが行われている。







マッドサイエンティスト達の征服欲をそそるらしい(こりゃ失敬!)。


(Steins:Gate、狂気のマッドサイエンティスト 鳳凰院凶真)

2012年8月29日水曜日

最強の猛毒は?(2)バトラコトキシン

テトロドトキシンのさらに上がある。


モウドクフキヤガエルのつくるバトラコトキシン。


バトラコトキシン

テトロドトキシンの10倍の強さ。
人の致死量はわずか0.1 mg程度。

ナトリウムチャンネルを阻害し筋肉を収縮させ、心臓発作を引き起こす。

モウドクフキヤガエルは南米コロンビアに棲息するが、昔吹き矢の先に毒を塗って獲物を仕留めていたらしい。

モウドクフキヤガエル


バトラコトキシンは、ニュージーランドに棲む鳥、ピトフーイにも含まれる。



恐らくは、モウドクフキヤガエルもピトフーイも餌由来でバトラコトキシンを蓄えると考えらている。


ネットからモウドクフキヤガエルが買えるようだが、餌を管理しておけば全くの無毒なんだろう。そうじゃなければ困るが(笑)

しかし、バトラコトキシンよりさらにパワーのある毒が見つかっている。

こうなったらスカウターが欲しい。



名前を入れれば戦闘力を計算してくれる「なんちゃってスカウター」で遊ぼう。

http://nameall.cosotto.com/db/


2012年8月28日火曜日

最強の猛毒は?(1)テトロドトキシン

毒は、被補食生物が身を守るために身につけたもの(キノコ毒など)と捕食者が被捕食者をしとめるために開発したものとある(蛇毒など)。

その他にも微生物が他生物を排除したり、積極的に利用したりして、テリトリーを確保するために作り出す毒もある。

下痢をさせる病原菌が多いのは、辺り構わず便とともに排泄させ分布域を広げたいがため。
かといって、それで宿主を衰弱死させたら病原菌も宿主が少なくなって困る。

病原性大腸菌の0157がまたぞろニュースで聞かれるが、宿主を倒してどないすんねん。
アホなやつ。

毒は生物学を発展させてきた(毒理学、毒性学という分野がある)。


毒がどんな分子をターゲットにするのか、そのしくみを解明することで本来の細胞の働きが理解できる。
さらに細胞のしくみを解明するのに、またそれが薬として利用されている。


日本人に馴染みのある毒と言えば、フグ毒。

昔から日本人にその猛毒で怖れられてきた。






フグの内臓、特に肝臓と卵巣に含まれており、フグの調理は素人がやってはいけない。
各都道府県の条例で細かくフグの調理について定められている。
フグの内臓を廃棄するにも、流しの三角コーナーに捨てては勿論ダメ。
かぎつきの保管庫に捨てる。


その毒、テトロドトキシンは日本人が単離し構造決定している。




マウスの経口投与で急性毒性は0.01 mg/kg(LD50、致死率50%となる量)である。
たったの0.5 mgで50 kgの体重のヒトが死に至る。
これは、青酸カリの800倍の強さ。

フグ自身が毒をつくっているわけではなく、餌由来と考えられているが定かではない。
養殖で餌を管理すれば安全なはずだが、どうも完全ではないらしい。

テトロドキシンは骨格筋や神経の膜電位依存性ナトリウムイオンチャネルに結合し、チャネル内へのナトリウムイオンの流入を阻害して神経伝達を遮断する神経毒として作用する。そのため、脳からの命令が呼吸器系に届かず呼吸停止に至る。苦しそう。

人間の欲望の前には、折角、毒を進化させたフグも食われてしまう。

(北斗の拳より、ハート様もこの後解体されます)

厚生省が日本にいる生物の毒についてまとめている。


http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/

しかし、この猛毒のテトロドトキシンを上回る毒が自然界にはある。
(以下次号)

2012年8月27日月曜日

ミトコン(32)エネルギーか熱か?

前回の続き。

ミトコンドリアはATPをつくるだけでなく、熱もつくる。

北方のイヌイット(エスキモー)の場合、より多く体温を保つ必要がある。
そのため、イヌイットは、ATPをつくらないで熱を発生させるような変異をミトコンドリアDNAにより多くもっている。

(エスキモー)


その逆に熱の発生を必要としないアフリカ人にはそのような変異は見つからなかった。

イヌイットはそのため、食べ過ぎて呼吸鎖でたくさんプロトン勾配がつくられてATPがそれ以上つくれない場合にも、プロトン勾配を熱に解消することができるため、電子伝達系が滞ることがない。そのため、活性酸素が発生しにくい。

一方、アフリカ人は食べ過ぎた場合、プロトン勾配を熱に解消することができないので、電子伝達系が滞ってしまって活性酸素が発生しやすい。そのため、アフリカ人は活性酸素による病気、心臓病や糖尿病が多い。


しかし、その反面、エネルギーよりも熱になりやすいミトコンドリアをもつことでの病気もある。

精子は100に満たないミトコンドリアしか持たない。



そのため、ミトコンドリアが少ない上にあまりエネルギーをつくってくれないと、精子が元気に泳げない「精子無気力症」になってしまう。

北欧人には精子無気力症が多いのはミトコンドリアのエネルギー効率に問題があると考えられている(イヌイットの精子無気力症のデータはない)。

ミトコンドリアはかように、生物の様々な生と性に深く関与している。
二つの生物が折り合ってできている真核生物は遺伝子の利己性を考える上でも格好の材料となっている。

長かったミトコンドリアの一席は本日でおしまい。

次回からはまた別の話題を紹介する。


2012年8月26日日曜日

泣いている天使


「泣いている天使」

まにあうまだまにあう
とおもっているうちに
まにあわなくなった

ちいさなといにこたえられなかったから
おおきなといにもこたえられなかった

もうだれにもてがみをかかず
だれにもといかけず

てんしはわたしのためにないている
そうおもうことだけが
なぐさめだった

なにひとつこたえのない
しずけさをつあわってきこえてくる
かすかなすすりなき‥‥‥

そしてあすがくる

(谷川俊太郎)



(谷川俊太郎)


谷川俊太郎の詩をとやこう言うのは容易い。
小学生の詩に毛が生えたような詩も多い。
朝日に毎月載る詩も谷川俊太郎の名前がなければ一体誰がどれだけ評価できるだろう。

分かりやすい詩を必要とする人がいる限り彼の詩集は売れる。
分かりやすい詩が一番売れるというのは分かりやすいが、寂しい。


自分としては、吉岡実のような詩が好き。
一般の人は吉岡実の名前すら聞いたことがないだろう。

彼の、というより戦後詩の金字塔とされる超有名な詩を一つ。


「僧侶」 吉岡 実



四人の僧侶
庭園をそぞろ歩き
ときに黒い布を巻きあげる
棒の形
憎しみもなしに
若い女を叩く
こうもりが叫ぶまで
一人は食事をつくる
一人は罪人を探しにゆく
一人は自潰
一人は女に殺される



四人の僧侶
めいめいの務めにはげむ
聖人形をおろし
磔に牝牛を掲げ
一人が一人の頭髪を剃り
死んだ一人が祈祷し
他の一人が棺をつくるとき
深夜の人里から押しよせる分娩の洪水
四人がいっせいに立ちあがる
不具の四つのアンブレラ
美しい壁と天井張り
そこに穴があらわれ
雨がふりだす



四人の僧侶
夕べの食卓につく
手のながい一人がフォークを配る
いぼのある一人の手が酒を注ぐ
他の二人は手を見せず
今日の猫と
未来の女にさわりながら
同時に両方のボデーを具えた
毛深い像を二人の手が造り上げる
肉は骨を緊めるもの
肉は血に晒されるもの
二人は飽食のため肥り
二人は創造のためやせほそり



四人の僧侶
朝の苦行に出かける
一人は森へ鳥の姿でかりうどを迎えにゆく
一人は川へ魚の姿で女中の股をのぞきにゆく
一人は街から馬の姿で殺戮の器具を積んでくる
一人は死んでいるので鐘をうつ
四人一緒にかつて哄笑しない



四人の僧侶
畑で種子を撒く
中の一人が誤って
子供の臍に蕪を供える
驚愕した陶器の顔の母親の口が
赭い泥の太陽を沈めた
非常に高いブランコに乗り
三人が合唱している
死んだ一人は
巣のからすの深い咽喉の中で声を出す



四人の僧侶
井戸のまわりにかがむ
洗濯物は山羊の陰嚢
洗いきれぬ月経帯
三人がかりでしぼりだす
気球の大きさのシーツ
死んだ一人がかついで干しにゆく
雨のなかの塔の上に



四人の僧侶
一人は寺院の由来と四人の来歴を書く
一人は世界の花の女王達の生活を書く
一人は猿と斧と戦車の歴史を書く
一人は死んでいるので
他の者にかくれて
三人の記録をつぎつぎに焚く



四人の僧侶
一人は枯木の地に千人のかくし児を産んだ
一人は塩と月のない海に千人のかくし児を死なせた
一人は蛇とぶどうの絡まる秤の上で
死せる者千人の足生ける者千人の眼の衡量の等しいのに驚く
一人は死んでいてなお病気
石塀の向うで咳をする



四人の僧侶
固い胸当のとりでを出る
生涯収穫がないので
世界より一段高い所で
首をつり共に嗤う
されば
四人の骨は冬の木の太さのまま
縄のきれる時代まで死んでいる


(吉岡実)

吉岡実は、戦後最高の詩人の一人。
「いい詩」というのは、良くも悪くも、心に致命的な痕跡を残す詩。
この「僧侶」なぞは、その好例。

高校の授業にこのような詩を習ったならば退屈な授業が改善されたであろうに。
感受性の強い、中高生にこのようなグロテスクな詩を読ませたらトラウマになるかもしれないが。

俳句も同じ。学校で教える俳句は毒にも薬にもならないような無難なものばかり。
おーいお茶俳句のような俳句が、俳句の全てだと思ってしまうのは教育の弊害。

コミックでも小説でも面白いものには毒がある。




(Anotherは必見です)

2012年8月25日土曜日

天使というよりむしろ鳥

小説で飯を食っている小説家は多いだろうが、詩(講演活動とかを含まずに)で飯を食えているのは日本では唯一人という。
それは谷川俊太郎(と知り合いの詩をやる人から聞いた)。

およそ、詩人、歌人、俳人といってもなりわいとしてそれで食べていけるものは限られている。

職業俳人も数多けれど、活け花の先生と同じようにお弟子さんに養ってもらっている(教授料等で)。純粋に句集の売り上げのみで食べていけている人はいるのか知らん。

谷川俊太郎に戻ると、彼の詩は小学生にも分かる平易なもの。
時折、好きなクレーの天使の絵に彼が詩をつけたものを紹介する。
特に谷川俊太郎が好きなわけでもないのだが、クレーのこれらの絵には合っている(気がする)。



「天使というよりはむしろ鳥」

なんでもしってるおとななのか
むじゃきなこどもなのか

つばさはどろだらけで

きのうモーツァルトのソナタの
すみっこにいた
きょうゆうやけぐものうえに
ちょこんとこしかけていた

おんなでもおとこでもないにおい

としおいたきのねんりんにまぎれ
こいぬのひとみにひそみ

かくれんぼしていた
あのてんし

(谷川俊太郎)

2012年8月24日金曜日

ミトコン(31)赤ちゃんはなぜ赤いの?

ミトコンドリア内膜の内外でつくられる水素イオン(プロトン)の濃度勾配(エントロピー)がATP(化学エネルギー)をつくることになるのだが、ATPにならないものは熱(熱エネルギー)になる。
およそ7:3の割合でATPと熱になっていっている。

実は我々哺乳類での体温を維持している熱のほとんどは、このミトコンドリアから発生する熱である。

熱を発生させる場合には、このプロトンを直接通す穴を形成するタンパク質があり、それをプロトンが通ることでその際に熱を発生させる。例えれば、水力ダム発電で水を落とす際にタービンを回さずにそのまま水を落として熱に変えてしまうようなもの。

(京都ノートルダム女学院、ダム女)

そのような働きの高い細胞が褐色脂肪細胞である。
褐色なのはミトコンドリアに含まれるチトクロムのせいである。

要するに、褐色脂肪細胞が多いとミトコンドリアのエネルギーがATPにならずに熱に無駄に使われることになる。



「無駄に」と言ったが、これを積極的に利用しているのが赤ちゃんである。

赤ちゃんの体温は高い。これは体積が小さいために冷えてしまわないように積極的に発熱しているということと、代謝を高めるために体温を多少高めに設定しているため。

そのために、褐色脂肪細胞は赤ちゃんに多く、それで発熱を可能にしている。
それでお酒も飲んでいないのに、酔っ払いのように赤ら顔をしているので「赤ちゃん」なのだ。
赤ちゃんは動けないので、動いて発熱することもできずに大変なのだ。



ダイエット業界では、この褐色脂肪細胞がダイエットに使える(余分なエネルギーを燃焼させてしまう)、と盛んにPRされている。商魂たくましい。

(コードギアスより、褐色脂肪細胞の多そうなヴィレッタ)




2012年8月23日木曜日

ミトコン(30)早老症

(前回の続き)

機能異常のミトコンドリアDNA修復酵素を導入されたマウスでは、ミトコンドリアDNAの変異が促進され、それに伴って老化が促進され、寿命が短くなった。

しかし、この実験で言えることは、病気か何かでミトコンドリアDNAに過度の変異が蓄積されると老化が促進されるということだ。

相変わらず、通常のマウスやヒトで本当に老化の主な原因がミトコンドリアDNA変異の蓄積であるかは不明である。


この手の実験での結論は慎重に行わなければならない。

分かりやすく自転車に例えよう。

自転車は通常はタイヤがすり減って交換しないとパンクして走れなくなる(とする)。
つまり自転車の寿命を決めているのはタイヤである。



しかし、もし作為的にすぐに折れるようなハンドルにしておけば、そのうちハンドルが折れて乗れなくなる。

しかしこの結果から、自転車の寿命を決めているのはハンドルだ、とは結論するのはおかしいだろう。

上記のマウスの実験は、これと同じことなのだ。


もし、自転車の寿命を決めているのがタイヤであるということを示したければ、タイヤを強化して、それで自転車の寿命が延びることを証明する必要がある。

同様に考えれば、マウスのミトコンドリアDNAの変異を何らかの手法で減らして(例えば、ミトコンドリアの活性酸素を消去するSOD遺伝子を増強するとか)、それによりマウスの老化が抑制されたら、ミトコンドリアDNA変異が老化の一要因と言える。


同様な間違った結論は、他の病気でも散見される。

ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群は核膜を構成しているラミンというタンパク質が異常になって、老化が速く引き起こされる。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群

しかし、この病気をもって、核膜異常がヒトの老化の主原因である、と言ったら言い過ぎだ(多分、分かっている研究者ならそう思っていない筈)。

(言い過ぎと飲み過ぎに注意しましょう)



2012年8月22日水曜日

ミトコン(29)ミトコンドリア老化仮説

ミトコンドリアDNAの変異が年齢とともに蓄積することで

①ミトコンドリアの働きが衰えATPがちゃんとつくれなくなる。
②活性酸素が発生しやすくなり、細胞にダメージが加わりアポトーシスを引き起こす。

これが老化、加齢病を促進しているとするのが「ミトコンドリア老化仮説」である。



なかなかこれを直接的に証明することは困難である。

前回も書いたように、老化とミトコンドリアDNAの変異の両者に相関はあるものの、どちらが原因であるかはそれだけでは不明である。

しかし、これを直接証明しようという実験がなされた。

変異型のうまく働けないDNA修復酵素(ミトコンドリアDNA用)をマウスに導入したところ、このトランスジェニックマウスでは、果たしてミトコンドリアDNAの変異が促進され、それに伴って老化が促進され、寿命が短くなった。

しかし、この実験でも、健常なマウスやヒトで本当に老化の主な原因がミトコンドリアDNA変異の蓄積であるかは不明である。

この実験で言える控えめな結論としては、ミトコンドリアDNAに過度の変異が蓄積されると老化が促進されるということだ。

え? これで証明コンプリートっしょー!?

と思った人はいないだろうか?
(以下次号)

(Steins:Gate、ダル「ミッション、コンプリート!」)



2012年8月21日火曜日

ミトコン(28)ヘテロプラスミー

ミトコンドリアDNAは法医学にも利用される。

親族関係の同定等に。

ロシアロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ二世はロシア革命後レーニンによって家族ともども殺害された。そしてその遺体の所在が分からなくなった。

(ニコライ二世)


1991年にシベリアの墓地から掘り起こされた遺骨がニコライ二世のものであるか、DNA鑑定にミトコンドリアDNAが使われた。

しかし現存している親族と一致せずに、もっと不思議なことに2種類のDNAの配列が検出された。

実は、ニコライ二世は「ヘテロプラスミー」だったのだ。

ヘテロプラスミーとは、1つの細胞内に2種類以上のミトコンドリアDNAが混在している状態である。

実は、人類の少なくとも10%はヘテロプラスミーであることが分かってきている。

ヘテロプラスミーの原因には2つある。

①父親由来のミトコンドリアDNAの侵入。
②後天的に体細胞中に起きたミトコンドリアDNAの変異。

後者に関しては、活性酸素による攻撃により、ミトコンドリアDNAは核ゲノムに比べて変異が多いことを思い出して欲しい。

ヘテロプラスミーはしばしば、ミトコンドリア脳筋症のような病気を引き起こすためそれとわかる。

しかし大多数はそのような病気が現れず、異なるミトコンドリアDNAをもつと必ずしも病気になるとは限らないということである。とは言うものの、どのような2種類のDNAかにもよるだろうし、やはり2種類のミトコンドリアDNAが1つの細胞内に混在しているのは好ましいことではない。

ミトコンドリアDNAの変異(速度)は核ゲノムDNAの変異に比べて20倍高い。

しかし、これは過小評価されていることが分かっている。

ミトコンドリアDNAを失っても死なない酵母を用いた実験から、ミトコンドリアDNAの変異が10個〜1000個に1個の割合で生ずることが判明した。
一方、核に変異は通常条件では細胞1億個につき一個の細胞の割合で生ずる。

このように、ミトコンドリアDNAの変異は核DNAの変異より10万倍以上も速く蓄積する。

ではなぜ、これまで変異速度が20倍とされてきたのか。
通常、ミトコンドリアの変異がミトコンドリアの機能を損なうものであれば、生殖細胞なり、個体の段階で死んでしまうから、生きている生物だけから判断すると間違った結論に至るのである。死人に口無し。

(魂魄妖夢、死人に口無しだわ)

ヒトの場合も、年齢とともにミトコンドリアDNAの変異が増加し、高齢者の組織では50%以上のミトコンドリアで変異している(一方、若齢者ではほとんど見られない)。

ミトコンドリアDNAの変異が老化の原因であるのか、ただ単に独立して起こる現象なのか、もしくは結果であるのかに関しては、まだ議論が盛んになされている。
(以下次号)



2012年8月20日月曜日

ミトコン(27)やらなくて後悔するよりも

卵子に入らなければ次世代に伝えられないのは、ミトコンドリア(DNA)だけではない。

寄生虫や病原菌も同じである。これらは細胞質成分として伝播する。
精子からは受精卵にもちこまれない。

ボルバキア(ヴォルバキア)という細菌は節足動物に感染して、オスに対して非情な手段を発揮する。


(ボルバキア)


(1)オス殺し

ボルバキアが感染した
テントウムシ、ガ、チョウ、ハエではオスのみが死に感染したメスは生き残る。ボルバキアの子孫を残すことができないオスを殺す。そのことで、メスの食料を増やし間接的にボルバキアの繁殖に貢献する。


(ハルヒより朝倉)

殺らなくて後悔するよりも、殺って後悔した方がいいって言うよね。
(祝!朝倉復活)

(2)オスをメス化

ボルバキアが感染したダンゴムシ、キチョウ、ヨコバイのオス個体がオスの遺伝子型を持ったまま、完全なメスの表現型を持つボルバキアの繁殖に貢献できないオス宿主をメス化することにより効率的な繁殖を達成している。 


(3)メスに単為生殖させる

ボルバキアが感染した
寄生蜂とアザミウマメスがオスを必要とせず、次世代を残せるようになる。単為生殖させることにより、またメスが生まれボルバキアにとって有利となる。

病原菌は流石にやることがえげつない。

しかし、これは本来のミトコンドリアの望みでもある。
研究は進んでいないが、ミトコンドリアが自分の利益にもなるようにボルバキアに手を貸している可能性は高い。

単為生殖は有性生殖をする生物種で単発的に独立に何度となく起こっている。
この単為生殖に関して、ミトコンドリアが裏で糸を操っている可能性はまだ指摘されていないが、筆者はここでその可能性を提唱しておく。




2012年8月19日日曜日

カウベル

スイスの山に登るとハイキングコースが放牧地を横切っていて、ハイカーは放牧されている羊や牛の間を通り抜ける。草さえ生えていれば、結構、高いところまで牛はいる。

スイスも夏になると山の高いところも草が生えて牛を登らせて放牧する。
夏の風物詩。




ハイジでも描かれていたが、今でも牛はカウベルをつけている。
(山羊だとゴートベル)
牛が迷子になった時に見つけやすいように。
結構、賑やかな音がする。


http://www.youtube.com/watch?v=ueJqeT826Zw&feature=related

お土産に飾りのついて綺麗なものがたくさん売られている。
いわゆるひとつのスイス土産、定番の一つ。




残念ながら、牧羊犬は最近はみかけたことはない。
現在は、微弱な電流が流れる電線が張り巡らされているところもあり、牧羊犬はいないのかと思ってネットで調べたら、まだ存在はしているようだ。

ペーターにも出合わなかった(笑)






2012年8月18日土曜日

ハイジの舞台

暑い日が続く。

涼しいスイスの夏の話しでも。

日本人の心にスイスの決定的な印象を刻した『アルプスの少女ハイジ』。




ハイジの舞台になったのはマイエンフェルトという実在のスイスの土地である。

(「ハイジの小屋」がハイキングコースの終点)


が、残念ながらマイエンフェルトに夏訪れた感じでは周囲に雪山が見えなかった。

アニメに描かれた雪山の感じは、ベルナーオーバーラントの風景を拝借している。



宮崎駿はアニメを描くために、三週間のロケハンを行った。


本場スイスでもハイジのアニメは放映されていてそれを見たが、彼らにもあのハイジのアニメ顔が浸透してきているようだ。いいのか悪いのか‥‥




2012年8月17日金曜日

ミトコン(26)男は死んで!

ミトコンドリアDNAだって、核DNAのいいようにはされたくない。

自分が生き残るためには卵子に入り込まなければならない。

人の場合には、生まれた時に男女に分かれる、いわゆる雌雄異体。

片や、カタツムリは雌雄同体。植物でも、ご存知の通り、一つの花の中に雄蘂と雌蘂が同居したり、一つの株の中に雄花、雌花をもつ雌雄同体が多い。

イネを初めとする多くの植物で、ミトコンドリアDNAは「細胞質性雄性不稔」と呼ばれる現象を引き起こし、雄蘂(花粉)を選択的にアポトーシスで殺して、個体にメスの生殖細胞だけに投資させようとする。
これは農業では由々しき問題のため、研究が進んである。

ニック・レーンは、性の分化に伴ってミトコンドリアDNAが切り捨てられるのを阻止するためにアポトーシスを発達させたと考えている。

しかし、核ゲノムも対抗手段としてこのミトコンドリアの反逆を押さえ込むような遺伝子を新たに獲得したり、とミトコンドリアゲノムと核ゲノムの戦いは今も続いている。

我々動物においては細胞質性雄性不稔(例えば、オス、もしくは精子を積極的に殺す)はあまり顕著ではないものの、ミトコンドリアが原因で精子が生殖能力を失う病気が知られている。



気付かないところで、ミトコンドリアは男性に辛く当っている。
女性ばかりになったら、ミトコンドリアも困るのに。。

(女性ばかりでも戦乱の世はあるらしい)

2012年8月16日木曜日

ミトコン(25)バッドエンド

20世紀が物理学の世紀だとすると、21世紀は生物学の世紀だと言われる。
生物学では、日々新しい真理、原理が分かっている。

生物学は、ヒトとは何か、自分自身とは何か、という深遠な真理を我々が知りたいという究極な欲望に支えられている。

このような時代に生物学を研究できてとてもハッピーだと思うし、是非この現場での興奮をリアルタイムで伝えて、生物学を志す学生を一人でも増やす手伝いを微力ながら果たしたいと思っている。


リチャード・ドーキンスの「利己的遺伝子」理論は、自分のことを紳士淑女と思っている人達の神経を逆撫でして苛立たせたが、真実に限りなく近い理論である。

細胞も生命もこの利己的遺伝子が快適に暮らせるための住居に過ぎない。

ミトコンドリアDNAにとっても、自分のコピーが最大限残せる細胞が居心地のいい良い家ということになる。

自分が細胞から排除されることなぞあってはならない。

しかるに、男性に生まれつくと、そのミトコンドリDNAは精子を介して次世代の子孫に受け継がれることはなくなってしまう。

つまり、ミトコンドリアDNAにとってオスになることはすなわちバッドエンドなのである。

(子供心にバッドエンドを知った)


そうなるとオスになってたまるものか、とミトコンドリアDNAは当然考える。

その結果、ミトコンドリアは個体をなるたけメス化させようとする、と考えられる。

(コードギアス、ミトコンドリアが天下をとったらこの男女比率に)


しかしながら、核ゲノムとしたら子孫を多く残すためには男女比は1:1が望ましい。

実際に、ヒトでも他の動物のほとんども男女比はほぼ1:1。

このことは、ミトコンドリアゲノムの欲望を抑えて、核ゲノムがオスメスの生み分けの主導権を握っていることを示唆する。

しかしその例外が知られている。
(次号に続く)


2012年8月15日水曜日

ミトコン(24)三角関係は面倒なので清算します

多細胞生物の場合には生殖細胞にならないと遺伝子DNAが残せない。

勿論、体細胞に取り込まれたDNAは直接自分のコピーは残らないが、生殖細胞の中にあるのも同じクローンだから、結局のところ自分のコピーは残ることにはなる。

しかし、生殖細胞になっても子孫を残せないミトコンドリアDNAがある。

それは、男性の生殖細胞、いわゆる精子のもつDNA。

沢山の栄養分を蓄えた卵子と違って、身軽が信条の精子はほとんど細胞質をもっていない。
ミトコンドリアに関しても、ヒト卵子が10万個のミトコンドリアを有しているのに対して、ヒト精子のミトコンドリアは100個に満たない。

そして受精後には多少のミトコンドリアが卵子に入り込むだけど、それも間もなく失われる。


これにより、ミトコンドリアは母系遺伝する。Y染色体が男系遺伝するのと対照的。

女の子が持っているミトコンドリアは全てお母さんからもらったものだし、お母さんもそのお母さんからもらったもの。

人類のミトコンドリアDNAの配列を比べると、全人類のミトコンドリアDNAは一人の女性に行き着く。この女性は「ミトコンドリアイヴ」と呼ばれる。



要は卵子が欲しいのは精子の核DNAだけ。

クラミドモナスではオス由来のミトコンドリアDNAは積極的にDNA分解酵素により分解される。線虫では、オス由来のミトコンドリアのみがオートファジー(自食作用)によって積極的に分解される。




どうも卵子にとってはオスのミトコンドリアDNAは邪魔な存在のようだ。なぜか?

核ゲノム(卵子と精子のゲノムが融合して今や一つのユニットとなっている)にとっては、父由来、母由来の二種類の異なるミトコンドリアゲノムと連携してミトコンドリアを制御することがどうも不得手のようなのだ。

妻が一人に夫が二人いて、その夫が別々の要求を妻に求めてきたら、妻としてはどうふるまったらよいか分からない。

(三角関係は王道)


その結果、消されるのは卵子に新たに入ってきたオスのミトコンドリアDNA。
卵子の中には腕利きのスナイパーがいて、卵子に入り込んだミトコンドリアのゲノムは見逃さず倒す。

入ってくる数も少なく消すのも楽なので、オス由来の方が消されることになったのであろうが、どのようにしてオスメスのミトコンドリアを見分けて、オス由来のミトコンドリア(DNA)のみを攻撃するか、そのしくみはまだよく分かっていない。

(こんなヤツがいる)