2013年7月30日火曜日

幸福の心理学

我々はどういう基準で幸せを感じるのであろう。

今は大学のテスト期間なので、テストの手応えで一喜一憂している人もいるだろう。

国民が貧困を脱してまずまずの生活になれば(食べるものに事欠かない)、人間は幸せと感じるが、それ以上に国民の富が増しても国民の幸福度がそれ以上増加するかというと、そうはならないことが報告されている。

日本人の所得はポーランド人の所得の10倍だが、日本人が感じる幸福度はポーランド人のそれに比べてもほとんど同じだ。

日本人の所得は40年前に比べて所得が5倍になっているが、感じる幸福感はほぼ同じである(その間、物価も2.5倍上昇しているから、買えるものはたかだか2倍になっただけではあるものの)。

それは、我々が感じる幸福感の理由の一つに「現状の改善」があるから。

我々が常に幸福と感じるためには、常に生活が向上し続けることが必要だ。

それは現実的に不可能だ。

我々の感情は狩猟採集時代に形成された。

狩猟採集時代には、獲物の動物が捕れたり、穫れなかったりした。

つまりは、ある時には食料が豊富になったり、また飢えたり、一喜一憂していた筈。

原初の人類の日々の幸福は、食べるものがちゃんとある、という食が満たされることが大きかったと考えられる。

農耕牧畜が始まった数千年前にやっと人類は、ある程度一定の食料を得ることができるようになったが、それでも天候不順により飢饉が頻発した。

現在、我々日本人が強い不幸せ感を感じていないということは、裏返せば生物としては非常に幸せなのだ。

幸福感、不幸感が、道具の開発や文明の発達を促したのは想像に難くなく、人類の発達にとっては必要な感情である。

ある大学研究者が調査した県別幸福度ランキングが公表され、トップ3は北陸、東京は38位、最下位はなんと大阪だった。

しかし、人様が思う幸福度と、実際にその県民が感じている幸福度にはズレがあろう。

今の暮らしを幸せと思う人の率が大阪で一番少ないとは到底思えないのだが…

アニメの作柄で幸福になったり不幸になったり…


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