2013年5月7日火曜日

なぜ食事は人と一緒に食べるのか?

セックスはプライベートに行うものと相場は決まっている。
静かに人目を避けて行われる。

これは普遍的な人間の特性であり、宗教や道徳で縛られてそうなっているわけではない。

それに対して、食事は人と一緒にとる。それもしばしばみんなが集う場所で(食堂やレストラン)。食べることは、普遍的に共同の活動である。

友達の部屋に遊びにいく時、食べ物を持っていったり、逆に友達が遊びに来た場合に、食べ物を出す。

つまり、他人と食べ物を分け合う行為は人間にとってごく自然な行為なのである。

食べ物の中の王様(御馳走)は肉である。

会食に人が集い食事会をする時に、メニューの中に肉が当然のように入る。

ローマ時代や中世の献立には、肉の種類が記されているだけだった。

勿論、野菜も当然食べていただろうが、価値のある肉しか記されていないのである。

フランス料理を食べに行って、メインがパスタだったら怒る!

つまり、食べることは、公共性、社会性の強い行動である(それに対してセックスは秘密主義)。

つまり、敢て対比的に提示するならば、セックスの相手は他人と分ち合うものではないのに対して、食べ物は分ち合うものである。

食べ物をもっている時、利己的に独り占めすることなしに、なぜ他人に分け与えるというような利己的にみえる行動を我々はとるのか?

食べ物を分け合うのは人間の特性であり、オラウータンはそんなことはしない。

つまり、これは人間の特性にまつわる習慣なのである。

その特性とは? (次回につづく)

食いしん坊さんのセイバーライオン
この肉は渡さん!

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